義を重んじる軍神というイメージがありファンも多い、武将上杉謙信。戦上手にもかかわらず、実は女性だったという話も浮かぶほど穏やかな人物でした。そんな謙信を知るおすすめ小説5冊をご紹介します。

1:血液型はAB型だった
謙信が結んだとされる誓文に血判が残されており、血液判定をした結果AB型であったということがわかりました。
2:身長は156cmと小柄だった
遺品の甲冑の大きさから、身長は約156cmであったことがわかっています。当時の男性の平均身長は159cmほど。武将たちの中でも小柄でした。
3:刀コレクターだった
謙信は刀を愛好しており、そのコレクションは、姫鶴一文字、謙信景光、小豆長光、山鳥毛一文字、五虎退など、名刀揃いだったと言われています。特に姫鶴一文字は明治天皇もお気に入りで、国の重要文化財に指定されています。
4:死因は高血圧?
謙信は毘沙門天を信仰していたため、食生活は「粗食」を心がけていました。そのためお酒を飲むときは、梅干しや味噌を肴にしていたそうです。塩分の過剰摂取によって高血圧になっており、それが原因で脳血管障害で亡くなったと言われています。
5:戦の前には大盤振る舞い
普段から倹約に努め慎ましやかな生活を送る謙信は、 戦の前になると贅沢な食事を用意させ、家臣たちに振舞いました。したがって彼の部下は、食事によって出陣の有無を知ったそうです。
6:左脚が悪く、戦場では杖を持ち歩いていた
謙信は7歳の時川に落ちて左膝を強打し、14歳頃には戦で左の内股に矢を受けています。その後左脚が気腫にも罹り、歩く際に脚を引きずっていたといいます。戦の時には杖の代わりに青竹を携えていました。
7:辞世の句は「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」
「自分の49歳の人生を振り返ってみると、ひと眠りする間の夢のようだった。1代で築いた栄華も、1杯のお酒ほどの楽しみでしかなかった」という意味です。
8:死後、ミイラのように安置されている
1578年に亡くなった謙信は、甲冑を身にまとったままの姿で甕に納められ、さらにその中に漆を流し込んで固められて、まるでミイラのような状態で安置されています。現在は山形県米沢市にある上杉家廟所という墓所に安置されています。
武田信玄が登場してからは、謙信と信玄との違いがクローズアップされ面白く読み進めることができます。川中島の戦いを武田側から書いた話は多いのですが、その逆はあまりありません。この本は上杉側から戦いが知れる貴重な本です。義を貫こうとする謙信の姿、そして各諸将との関係から目が離せず、終盤まで一気に読んでしまうことでしょう。
- 著者
- 海音寺潮五郎
- 出版日
- 2004-03-12
上杉謙信というタイトルですが、武田信玄側のエピソードも多く登場します。信玄があってこその謙信だったということもよく分かり、謙信の義を重んじる性格がよりはっきりする作品です。上杉謙信が塩不足に悩む武田信玄側に塩を送ったことから来ている「敵に塩を送る」という言葉が有名ではありますが、それだけではなく、お互いを認め合っていた好敵手同士の二人の話には、まるで少年漫画を読んでいるような気持ちにもさせてくれます。
- 著者
- 吉川 英治
- 出版日
- 2015-01-24
単行本としては2017年1月現在4巻までしか出版されておらず、まだまだ歴史は始まったばかり。史実を追うように話は進んでいきます。なんとも美しく強い謙信に、男なのか女なのかと読者も惑わされてしまうことでしょう。ところどころに笑いが盛り込まれているのは、この作者特有の面白さです。4巻で史実を離れてきそうな動きがあるので、今後の展開を期待したいところです。
- 著者
- 東村 アキコ
- 出版日
- 2015-09-11
毘沙門天から見捨てられないために、女性との関係も持たなかったということも謙信らしさを表しています。必ず悲恋で終わる謙信の恋。実際はどうだったのか、謙信がどう考えていたのかは推測するしかないですが、この時代に珍しく独身を貫いた理由に思いを巡らせてしまうでしょう。
- 著者
- 津本 陽
- 出版日
文章が平易で、時代背景を丁寧に書いているので、初心者向けの歴史書としての価値もあります。謙信が数多くの名前を持つのはなぜなのか、この時代に出てくる言葉についての説明など、今までちょっとした疑問に思っていたことがはっきりと分かることでしょう。なぜ独身だったのかについても見解が述べられています。
- 著者
- 相川 司
- 出版日
以上5作、いかがでしたでしょうか。上杉謙信という人物は知れば知るほど、義を重んじ潔い性格なので、この時代には見合わない人であったのかもしれないと思わされます。謙信を知ることで、より深く戦国時代についても思い巡らすことができるでしょう。