先日、2015年のノーベル賞が発表されましたね。今回も「やれやれ」、残念ながら村上春樹氏は受賞ならずでしたが、過去に最もノーベル文学賞に近かった日本人作家がいたことをご存知でしょうか?前衛文学の旗手で、国際的にも評価の高い小説家・劇作家・演出家の安部公房です。彼の書く文体の特徴は、苦しくなるほど読み手に迫ってくる五感表現と、読み手を宙ぶらりんな状態にさせる、つまり我々が「当たり前」だと思っている価値観を揺るがす世界観だと思います。今回はそんな安部公房の世界観を堪能できる作品を3作品ご紹介します。

20数ヶ国語に翻訳された名作として名高い書き下ろし長編『砂の女』は、ページを捲るごとに口・眼・耳といった体中にある穴という穴に砂がジュワジュワと音を立てて闖入し、皮膚の上をまるで水のように流れ、じっとりとまとわりつくような感覚に陥ります。
- 著者
- 安部 公房
- 出版日
化学研究所の事故によって顔面に醜い火傷を負い、自分の顔を喪失してしまった男(「ぼく」)。自己回復のためと失われた妻(「おまえ」)の愛を取り戻すためにプラスチック製の人工皮膚の「仮面」(=他人の顔)を作り、最大の目的であった妻の誘惑を試みたものの、男は自分の作り上げた仮面に嫉妬していくようになります。そして男が「仮面」を抹殺するために、妻に全ての経緯の手記(この小説そのもの)を読ませるのですが、ここから大どんでん返しが起こります。ネタバレになるので詳らかには書きませんが、しいて言うならば、「愛というものは、互いに仮面を剥がしっこすること」なのです。
- 著者
- 安部 公房
- 出版日
- 1968-12-24
ダンボール箱を頭からすっぽりとかぶり、覗き窓から外の世界を見つめて都市を彷徨う「箱男」が、箱の中で箱男の記録を綴っているという物語なのですが、冒頭の新聞記事、唐突に箱の作り方から始まる本文、挿絵的に挿入される詩と筆者撮影の写真、そしてなにやら意味深な看護婦や贋箱男の登場など破天荒なメタ構造のストーリー展開に、読み手はすっかりいつ・誰が・どうやって今この文章を書いているのか混乱してしまいます。素直に本を読む人からしたら、正直とっても意地悪な作品です。とは言うものの、この作品を読まないというのはあまりにももったいないです。
- 著者
- 安部 公房
- 出版日
いかがでしたか?
安部公房の作品は、人間が生活するうえで当たり前に消費されてしまっている「人間そのもの」を描き出しており、我々に絶えず「当たり前」を疑う“何か”を投げかけてきます。ちなみに、『砂の女』と『他人の顔』は映画化もされており、小説とはまたひと味違った楽しみができます。
一度触れたら火傷してしまう劇薬のような作家・安部公房。いっそのこと盛大に火傷して、「当たり前」を根底から疑ってみては?