日本史上最も有名な武士の一人、坂本龍馬。彼はどんなことを考えて、どんな風に生きていったのか。今回はそんな龍馬に近づけるような作品を5冊ご紹介していきます。

1:「りゅうま」かそれとも「りょうま」か?
「竜」や「龍」は普通「りゅう」と読みますが、坂本龍馬の場合は「りょうま」と読みます。このことは、高知市にある資料館からわかりました。手紙には、周りの人が間違えないように「良」と書いているのです。また、竜馬が姪に宛てて自分の名前を「りよふ」と書いていた手紙も残っています。
2: 坂本龍馬がいないと三菱財閥はなかった
三菱財閥の創始者である岩崎与太郎は海援隊の会計役でした。その海援隊は坂本龍馬が土佐藩ををスポンサーとして運営しており、坂本龍馬が暗殺されると経営がうまくいかなくなりました。三菱財閥にとって、坂本龍馬がいかに大切な存在であったかがわかります。
3:坂本龍馬の暗殺の真相
殺されたのは、実は坂本龍馬の影武者だったとされています。そのため、あの有名な坂本龍馬の写真も本人ではないかもしれません。
4:坂本龍馬の手紙は非常に長かった
当時は筆まめな人が多く、150通近くもの手紙を送りあったといいます。龍馬もそんな筆まめの一人でしたが、龍馬の手紙は非常に長く、最長記録はなんと5mです。また、普通の人であれば手紙は残っていませんが、龍馬の手紙は現代も残されており、人物としての重要さが伺えます。
5:坂本龍馬が成功したのはフリーメイソンのおかげ
フリーメイソンとは、16世紀後半から17世紀初めに判然としない起源から起きた慈善団体です。坂本龍馬が行ってきたことは坂本龍馬自身が考えたことではなくフリーメイソンが裏で操っていたといわれています。
6:キリンビールのロゴマークは龍馬を想像させるもの
皆さんはよくキリンビールの表面に描かれている麒麟のマークを見かけると思います。そのマークですが、実は坂本龍馬を連想させるデザインとなっているのです。その絵をよく見てみると、坂本龍馬の「龍」と「馬」をあらわす文字に見えます。
7:坂本龍馬が日本で初めて写真を名刺代わりに使った
坂本龍馬は。全国を回っている間に自分の顔と名前を覚えてもらうことが大事であると思いつき、撮影した自分の写真を焼き増しして出会った武士たちに配っていったそうです。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1998-09-10
- 著者
- ["道史, 磯田"]
- 出版日
- 著者
- 宮地 佐一郎
- 出版日
- 2003-12-11
- 著者
- マリアス・B. ジャンセン
- 出版日
- 著者
- 河合 敦
- 出版日
- 著者
- 小椋 克己
- 出版日