優しい少女と残酷な少年というのが「普通」? それとは反対の物語を、そして飛び切り人が死ぬ物語を読みたい。さらには、人の生死や感情を露とも感じない「人でなし」だけど抜群に賢い学者の論文が読みたい。 テーマは「自我」と「敵」。危険とは思わないが、有害かもしれない書籍群。 こぼれ松葉をかきあつめ おとめのごとき君なりき こぼれ松葉に火をはなち わらべのごときわれなりき (佐藤春夫 「海辺の恋」)

同じ作者の短編「From the Nothing, with Love」がこの話の元になる。
- 著者
- 伊藤計劃
- 出版日
- 2014-08-08
個体は個体という現在のかたちを愛し、執着する。だが、同時に個体は個体自身ではない何かのためにあるように作られている。
- 著者
- 真木 悠介
- 出版日
- 2008-11-14
1980年代SFの最高傑作。「忘れるな、敵のゲートは下だ!」は有名なセリフだ。
- 著者
- オースン・スコット・カード
- 出版日
- 2013-11-08
経済社会では、競争の勝者は敗者と邪魔者を弾き出す。それは「平和的なやり方」で餓死させるだけだ。
- 著者
- C.シュミット
- 出版日
「アクチュアルなもの、リアルなもの、実質的なものがまっすぐに語り交わされる時代を準備する世代たちの内に、青々(せいせい)とした思考の芽を点火することだけを願って、わたしは分類の仕様のない書物を世界の内に放ちたい。」(「自我の起源」あとがきより)
このセリフを吐く「真木悠介」という存在こそがもっともリアルから程遠くないだろうか?
「伊藤計劃(Project Itoh)」はもちろん単なる「プロジェクト」であり人間ではない。「カール・シュミット」にも人の匂い、実在感がない。恐らく、皆「有機交流電燈」※のような「現象」なのだと思う。
※わたくしという現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です。
(宮沢賢治 「春と修羅」第一集 序)
そうしてみると、やはり、この書籍群は危険かもしれない。