生涯をかけて大きな世界を作り出す漫画家・山口貴由
山口貴由は1966年に東京都に生まれました。高校を卒業してから小池一夫の劇画村塾に在籍したのち、1986年の『NO TOUCH』でデビューを果たし、その後も同誌上で発表を続けてゆきます。
その後、『平成武装正義団』、『悪鬼御用ガラン』で勧善懲悪のヒーロー物語を描き、後の作風を固めてゆきます。『平成武装正義団』は後述する代表作『覚悟のススメ』のひな型の作品であり、いじめられっ子だった主人公がいじめっ子のならず者に復讐する物語です。
山口貴由は活躍の初期からヒーローものを数多く描き続けています。山口の漫画に描かれているヒーロー像は強く頼もしくも、どこか人間臭くて愛すべきキャラクターばかり。今回は作品を紹介しながら、山口貴由の漫画にこめられた理想のヒーローの条件を見てゆきたいと思います。
山口貴由の代表キャラクター・葉隠覚悟の初登場作品!『覚悟のススメ』
山口貴由の名を世に知らしめたのが、本作です。この作品は1996年にアニメ化され、1997年にはゲームにもなりました。
この作品は近未来の東京を舞台にしており、主人公である葉隠覚悟が悪の道に走ってしまった実兄の葉隠散と決着をつけるまでを描いています。物語は覚悟が東京都内の学園に転校してくるところから始まります。
- 著者
- 山口 貴由
- 出版日
- 2007-03-20
クラスのアイドル的女生徒とのロマンスがあったり、番長格の男子生徒にケンカを売られたりと、ここまでなら普通の学園ものですが、山口漫画はそれだけでは終わりません。学園の外は核戦争と環境破壊で荒野と化しているのです。一見普通の生活を送っているような生徒たちも、実は明日をも知れない恐怖を戦う毎日を送っています。
覚悟の目的は、散を倒し人類を守ることです。散はもともと覚悟にとって頼もしい兄。覚悟にとって兄は尊敬の念を抱くような存在でしたが、一転して憎むべき敵となりました。それは散が父親をその手で殺したためであり、人類を滅ぼすと宣言したからでした。
何より覚悟が許せなかったのは、父親から習った格闘術を散に悪用されること。その力は弱き人々を守るために使うものであり、よこしまな目的に使うものではありません。
散は居城をかまえ、怪人をつかって人類滅亡の企みを進めています。覚悟は散の企みを食い止めるべく居城に単身乗り込むのでした。
作品の見どころは、孤独な戦いを強いられつつも決してひるまない覚悟の姿勢です。彼は散に対抗できる武装、強化外骨格「零」を持っている唯一の人物。一人きりで戦う重荷を背負っているのです。
手下の怪人たちとの戦いに傷つきつつ、散のもとを目指してゆきます。学園の仲間たちとの絆、何より思いを寄せるヒロインとの絆があるから覚悟は孤独な戦いに耐えられるのです。「人も通わぬ山奥に咲いた紅葉の心意気」とは覚悟の父親が自らの一族を評した言葉で、覚悟の孤独な魂に通じるものでもあります。
孤高であれ。これが山口漫画におけるヒーローの第一条件です。
愛を貫くヒーローのまっすぐな姿に感動!『悟空道』
この作品はタイトルのとおり、「西遊記」がモデルとなっており、孫悟空、猪八戒、沙悟浄といったおなじみの面々が山口貴由流のアレンジを加えられて出てきます。作中では三蔵法師玄奘は女性とされており、それも傾国の美人という設定です。
舞台は唐代の中国であり、三蔵法師の生きた時代がもとになっています。三蔵法師が天竺までお経を取りに旅に出るのは原作の『西遊記』と同じです。『悟空道』では、三蔵法師はお経を取りに行く旅の途中で封印されていた孫悟空に出会います。
- 著者
- 山口 貴由
- 出版日
- 2007-09-20
悟空はかつて大暴れしたことで如来から罰を受け、五百年間も封印されていました。昔の行いを悔い、孫悟空は仏門に入ることを許されて三蔵法師の弟子となります。そんな三蔵法師の弟子となった悟空を仲間に加え、一行は天竺を目指すのでした。
この作品は、愛の物語だといえるのではないでしょうか。異性に対しての愛だけでなく、より広い意味での人類愛のようなものが描かれています。
三蔵法師はどこまでも慈悲深く、妖魔に命を奪われそうになっても悪に走るしかなかった妖魔の境遇をあわれみ、救おうとします。その献身的な人柄には、妖魔を含めてすべての存在への愛情が息づいているように思えます。お人よしで世間知らず、だけど明るく茶目っ気たっぷりの三蔵法師に妖魔たちが救済されてゆきます。
悟空も三蔵法師の愛情にうたれた一人です。彼の性格はがさつな向こう見ずとして描かれていますが、物語後半では仏弟子としての自覚を持つようになります。
物語の最初では殺生を何とも思っていませんが、徐々にそれに疑問を持ち始めます。こらしめた妖魔に対しても命を奪わないようになるのです。三蔵法師と共に旅をするなかで悟空にも人間らしい心が育っていく様子は美しいもの。時には厳しく、しかしあくまでも優しさで包む三蔵法師の愛情が悟空を変えたと言えるでしょう。
そして三蔵法師は悟空にとって特別な存在となります。悟空は太ももに三蔵法師の名を彫り込むほどにほれ込んでいます。三蔵法師から破門を言い渡されたときには何十日も破門された場所から動けず、その後名前を呼ばれた時には何ヶ月もかかる距離を経て駆けつけます。
愛のために動け。ヒーロー第二の条件です。